ウメハラ FIGHTING GAMERS!|最終話まで無料公開中

ウメハラ FIGHTING GAMERS!最終話まで無料公開中!

掲載期間が終了している場合があります。ご了承ください。

画像クリックで読めます↓
  • 引用元:ヤングエースUP
  • 監修:梅原大吾 作画:西出ケンゴロー 原作:友井マキ
  • 出版社:KADOKAWA

ウメハラ FIGHTING GAMERS!のあらすじ

プロ格闘ゲーマーという職業を作ったパイオニア的存在、梅原大吾。

1996年、同じ時代を生きたもう一人の天才ゲーマー大貫晋也は、
その男との出会いにより格闘ゲームの魅力へと取り付かれていく。

ウメハラとヌキ、格闘ゲーム史にその名を刻む2人の激戦の火蓋が切って落とされた・・・!

格ゲーの頂点を目指すもの達の青春が今、始まる!

ウメハラ FIGHTING GAMERS!を読んで

誰でも知ってるストⅡ
好きすぎて、ついにはプロにまでなっちゃった男の昔話がこのマンガです。

この時代を知ってる人は場所は違えど「あーこんな感じだったなー」
と懐かしくなること請け合いです。

格闘ゲームに興味がないと見ていてつまらないかも知れませんが
当時のゲームシーンを知るいい資料ですし
ウメハラ姉が可愛く登場してますよw

梅原大吾

1981年生まれ 2010年日本人初のプロゲーマーに
有名な動画で背水の逆転劇などがある

当時の空気を知ってるものからするとゲームのプロが出来るなんて夢物語でしたね。
高橋名人という人はいましたが実際はメーカーの広報でした。

ファミコン、スーファミが出てゲームにのめりこんでいった時代で
ウメハラ少年もそんなゲームに熱中してる一人でした。

ストⅡが出たときと言うのはとんでもない人気になり
それまでゲームをやっていた人は全員やりました。

アーケードでガチでやってる人なんてのは一握りでしたが
スーファミ版を触ったことがない人なんてほんとにいなかったんじゃないでしょうかね
それくらい夢があった時代でゲームって楽しいものなんんだと思わせてくれた時代でした。

一方でそんな楽しいゲームを敵視してる勢力がありました。
そう、親たちです。
まだゲーセンが不良の巣窟だった時代

ゲームをしてたら馬鹿になる。こういった意識が蔓延していたと思います。

中学にはいるとそれまで遊んでいればよかった生活が激変し
やれ勉強だ、部活だ、と周りの友達にも変化がでてきます。

それでもストⅡが楽しくて仕方ないウメハラ君
孤立していきます。
当然です、ゲーム以外なにもしないんですからw

そんなウメハラ君ですが環境がよかった。
場所は東京、秋葉原に行けば仲間がいる。

流石に秋葉原の空気は知りませんが
当時のゲーセンの空気を知ってるので想像することは出来ます

当ブログ 管理人

1981年 地方生まれ地方育ち
1994年魔法騎士レイアースにハマりオタク街道にのる

そこで出来た友達らと繰り広げるゲーム話はものすごく楽しかったでしょう
周りから見たら勉強もしないで仕方ないやつ でしかないんですが
楽しいことに熱中している という一点において誰にも笑うことなんて出来ないんですよね。

将来ウメハラ君は時代が味方しプロゲーマーになって活躍することができるんですが
まだそんなことは夢の中の時代

当時の少年たちが熱狂したあの世界を覗いてみてはいかがでしょうか?

ウメハラとヌキ

宿命のライバルって感じで二人の関係好きなんですよね
同年代で性格も逆で
ウメハラは努力型、要領悪い、オタク
ヌキは天才型、要領いい、社交的、
って感じです。

そんな二人ですが、奇しくも同じゲームにのめりこんで行く。

なんかの漫画で言ってたような気がするんですが
一人じゃ駄目なんですよね
二人いることでそのシーンが熱く燃え上がる。
ライバルという存在はホントにかけがえのないものだと思います。

一番になりたくて練習する
あいつを倒したくて練習する
と言うことが、いつか
あいつがいたからここまでいけたってことになるんだと思います。

そんな二人の出会いから漫画で描いてくれたっていうのはホントにうれしかったですね

ストリートファイターⅡ

この漫画の題材になっているゲーム「ストリートファイターⅡ」
91年?に筐体が出て瞬く間に拡散
次々にバージョンアップを繰り返しスーファミでも大人気になったゲームです。

わたしはウメちゃんと同年代ですので
田舎と東京の違いはありますが大体世間の反応は知ってます。

ゲームはすでに最盛期をむかえ
ファミコン、スーファミはほぼ誰でも持っていました
友達の家に集まり色んなゲームをしたもんですが
ストⅡ前と後ではっきりと変わったことがあります。

それは「対戦」するということです。

それまでも対戦ゲームはありました。
くにおくんもやりましたしアイスクライマーやテトリス
レースゲームもありましたかね?

しかし対戦できるとはいえ
協力プレイの延長だったりどちらがハイスコアを取れるかと言うものがほとんどで
純粋に戦うって言うゲームはストⅡ(1もありますよ)が元祖でしょう。

レバーでキャラクターを動かし
ボタンで攻撃、コマンド入力して必殺技を出す
相手に当たればダメージがとれ体力がなくなったら負け。

単純なゲームですが技を当てたとき防御されたとき当たらなかったとき
有利不利がうまれそのなかで上手く立ち回れるものが強い

私は上手い方ではなかったのでむずかしい必殺技が出せればそれで満足していた少年でしたが
まわりの友達は上手い子もいてその子はヒーローでしたねw

当時は気づきもしませんでしたが
それまでみんなで楽しむものだったゲームがひとつ転換を迎えた瞬間だったと思います。

90年代のゲームセンター

90年代はゲームセンターが本当に沢山ありました。

私の田舎の中学校は全校生徒800人くらいだったんですが
校区内だけでもゲーセン3つファミコンショップ4つありました

ファミコンショップはもちろん筐体をおいていましたし
スーパー、ショッピングモール、駄菓子屋、プラモ屋
深夜営業の飲食店もゲーセン化してました。

そこにおいてある筐体はやはりスト2とネオジオの筐体だったので
町中にゲーセンがある感覚でした。

ゲームセンター以外にもファミコンショップもいっぱいありましたねー。
今ではプラモ屋が1軒残っているだけで他は全部つぶれちゃいましたね。

ファミコンからスーファミが流行っていた時代で
営業してた期間は5~6年くらいですかね?
もうちょっと長く営業していたところもありましたが
ファミコンショップはプレステが出たくらいから軒並みつぶれていきました。

小学生の私の夢はファミコンショップの店長になることでしたが
その夢はまだ叶えられていません(無理)

小学校、中学校の時代だったので記憶が定かではありませんが
深夜遅くまで営業しているところも多く(24時間は流石になかったかな?
同じ中学の先輩、高校生、大学生がいつもたむろってました

ヤンキー、不良、オタクが主な客層を占め
そのなかに一般人が混ざる感じで
カツアゲや喧嘩も日常茶飯事でした。

ファミコンはすでに売れまくっていましたが
ゲーセンがすごく流行った立役者はまちがいなくストⅡだと思います。

それまで一人用のゲームがほぼ全てを占める中
1対1で対戦できるゲームはほとんどなかった
格闘ゲームというジャンルで新しい世界を切り開いたゲームだと思います。

ストⅡが上手ければもてはやされ
不良にもからまれない、友達からはヒーロー、モテにモテ(嘘)、彼女が出来ました(大嘘)
偏った評価でしたが一目置かれたのはまちがいありません。

そんな栄華をほこった第1次格闘ゲームシーンですが
96年頃にはもう落ち始めてきていましたね。
それまでは色んなメーカーがゲーム業界に参入していましたが
プレステ以降軒並み撤退していきました。
今残っているゲームメーカーは任天堂とソニーだけですものね(サードパーティ除く)
任天堂がつくりソニーがいいところをとって収束した感じですね。

最近はゲームセンターにも足を運んでいないので現在の状況は分かりません
歳をとったせいもありますが当時はより生活に密着したものでした。

現在のソシャゲも面白いですが当時のゲーセンもワクワクがありましたよ^^
学校の勉強から逃げてただけかもしれませんがゲームは癒しだったんだよな~。

ウメハラを見る<動画>

ウメハラのプレイ動画を紹介します。

ウメハラの伝説

初めて世界一になった時からプロになる頃、なったあとのプレイが見れます。

底辺vs東大!ウメハラ×ときど特別放談

ゲーセンでのヒエラルキー
ヤンキーでゲーム上手いのが頂点で、オタクでゲーム上手いやつとヤンキーが五分!とかウケるw
昔話たくさんしてます。